美しくなる幸せになるラブリーエイジング研究所

~40代、50代からの綺麗と幸せの習慣と気づき~

子育ての時代、母親としての私

今週のお題「平成を振り返る」

 

昭和の終わりに2人の子供たちを産んだので

平成は母親としての時代。

 

我ながらがんばって「母親」していました。

子どもたちはすごく可愛くて

天使そのものだったけど

悪魔スイッチか入る時もあって。

 

夫はほとんど子育てに

口も手も出さない「昭和の男」。

子育てに関してはグチどころか話もロクに聞かないし

聞くのは子どもたちのおもしろ可愛いエピソードくらい。

 

そして

まるで何かに嫉妬しているかのように

すごーく感じ悪かったわ。

子どもたちに、というか

私の「母親としての役割」に、かな。

 

かわいい妻(笑)が、24時間「母親」でいるのが

受け入れ難いとは感じていたけれど

子育てって24時間だし

手も口も出さず、話も聞く気がないんじゃ

ワンオペ24時間営業しかないっていう堂々巡り。

あの頃ワンオペなんて言葉もなくて

それが普通の時代だったけど

夫とのあの頃の関係を思うと

今もちょっと泣ける。

 

子育てに対してはそんな記憶だけど

そんな夫は

時々私を子どもたちから引き離して

デートや旅行に連れ出してくれる恋人でもあって。

身も心も育児でいっぱいいっぱいの私に

二人の時間を用意して

楽しませてくれた。

 

父親としてどうかと思うことはしばしばあったけれど

夫は夫で大黒柱としてがんばっていたし

夫のおかげで思う存分子どもたちとの時間を過ごせたのだし。

それに、もう子どもたちは育ってしまったし

父子の関係も悪くないので、もういいや。

 

今の若い夫婦の夫君は

仕事、家事、育児と

よくやっている方を見かけますね。

 

共働きも多いので

当たり前っちゃあ当たり前ですが

夫婦二人の子どもだもんね。

夫婦二人で頑張れ、っていうよりも

子どもを含めた家族でがんばってね、と

人知れずエールを送っております。

 

育児は育自とか言われるけど

あまりそれで自分が成長した気はしなくて。

ただ幼い頃から自分の両親と折り合いが悪かった私ですが

両親も若かったよな、

がんばって仕事をしながら家庭を築いていたな、って

素直にありがたい気持ちになります。

 

つらくて楽しくて悲しくて幸せな

平成という時代の私。

 

大切な人たちと過ごした「平成」に

もうすぐさようなら、ですね。